久里浜少年院へ向かう道程の数々のトラップ(マムシを含む!)でOHさんから指摘のあった、少年院沖の謎の遺構ですが、なんと横須賀ロコさんの執念の調査によってその謎の一端が明らかになりつつあります。 その内容はこの記事の最後に書くとして、それがわかった記念として久し振りに少年院裏を訪れました。
まずはアプローチ。 もちろん燈明堂のF相談役邸予定地がスタート地点です。
ここを進むために団長は潮時表をチェックし、干潮時刻を選んだのでした。 干潮の方が岩場を歩きやすいことはもちろんのこと、第一のトラップである小屋のおじさんちからできるだけ離れて通ることができるからなんです。(笑) 満潮時はこの砂浜が狭まって小屋の真ん前を通ることになってしまいますので。
相変わらずきれいな海ですなぁ。 この宝はずっと守らないといけませんね。
この日は数組の家族がBBQと海水浴を楽しんでました。
さて岩場を進み、ナゾの構造物に最も近い部分に着きました。 でもここは3つの遺構の直線上のポイントなので、全てが重なってしまい、よくわかりませんねー。
丁度かなや丸が金谷から到着です。 以前も書きましたが、団長は民主党の公約である高速道路無料化には反対です。 今の1000円政策でも東京湾フェリーは苦戦しています。 風情があってエコなのに経営が圧迫されてしまうのはどう考えてもおかしいですぞ。 団長はこの逆境に耐える東京湾フェリーを応援します!
っと、主題からはずれてしまいました。
ナゾの構造物の対面、久里浜少年院側には海に向かうナゾの坂道がありました。 これもかなりの年月が経った構造物のようです。 これが沖合の構造物の謎を解くヒントではないかと思われます。
ちょいと横にずれて、3つの構造物がよく見えるポイントから撮ってみました。
もうちょっと絞りを開ければ良かったのですが、この写真でもコンクリートの土台の上にレンガが積まれているのがよくわかります。 んー、何のための構造物だったのでしょうか? 少年院の離れ?(笑)
この辺りまで来ると、少年院を囲むコンクリの壁には有刺鉄線が張られていません。 こんな感じで岩の高いところに登れば進入が可能なように思います。 でも場所が場所だけに、入りたくないな~。(笑)
さ~てお待たせしました。 この3つの遺構について、横須賀ロコさんが横須賀市港湾部に問い合わせしたら、なんと回答が返ってきたんだそうです! その貴重なメールをここで紹介します。
↓↓横須賀市からの回答↓↓
久里浜少年院沖の構築物について(回答)
横須賀市港湾部港湾総務課
久里浜少年院沖にある構築物について以下のとおり回答いたします。
現在久里浜少年院のある場所は埋立地であり、戦時中は『海軍對潜学校』という
学校がありました。
この学校は対潜艦艇長・機雷長などを養成する学校であり、構築物はこの学校の
施設として使用されていたものと横須賀市史等に記述があります。
現在は海に囲まれており使用されておりませんが、当時はこの施設まで陸が繋が
っており海に接する施設として荷役などに使用されていました。
陸と繋がっていたこの施設が、現在はなぜ海に囲まれているのかは横須賀市史等
に記述が無いため詳しいことまではわかりませんが、昭和20年ごろから計画され
た久里浜港の漁港への修築事業など(久里浜港修築計画)により形を変えていった
のかもしれません。
今では使用されておりませんが当時の遺構が残る構築物として残っております。
↑↑以上回答終わり↑↑
おー、ナゾが少し解けました。
全てがわかった訳ではありませんが、昔は陸からつながっていたとは!! ここで荷を揚げて對潜学校まで運んでいたんでしょうね。 他にもいろいろと想像の膨らみそうな回答文です。 しばらくはこれを肴にいろいろと考えてみませんか?
それにしても横須賀ロコさん、ありがとうございました!
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