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2016年1月17日 (日)

長年の願いが叶った防衛大学校探検!(その1)

カリフォルニアから復帰してわずか2か月。 正月早々いきなりビッグイベントのプレゼントがありました。 6年前から行きたい行きたいと話していた遺構の探検に行くことができたのです。 

遺構探検と言うといつもは立ち入り禁止の場所を座って入ったり(笑)進入禁止の看板があるところは後ろ歩きで入って看板が目に入らなかったり(笑)してしまうことがほとんどだったのですが、今回は違いますよ~。


普段から団長の行動をヒヤヒヤしながらご覧になっていた皆さん、安心してください、今回はオフィシャル探検ですよ!




Photo

場所は走水。 防衛大学校・走水海上訓練場です。




Photo_2

馬堀海岸から観音崎に向かって走って走水港を過ぎる辺り、左側にこのような建物があることを記憶されている方も多いでしょう。

今回はここを皮切りに防大本校施設内も見学の予定です。


さてオフィシャル探検と書きましたが、単に入場許可を頂いたと言うだけでなく、なんと防大の幹部・中塚さまがアテンドしてくださるという、三浦半島の一住民にとっては夢のようなシチュエーションです。 なぜこのようなことが実現したのでしょうか?

話は2009年にさかのぼります。 この走水海上訓練場内に存在する怪しげな遺構を取り上げたことがありました。


・走水・伊勢山崎の廃墟の実地検分(2009年9月21日)

http://miura-and-others.cocolog-nifty.com/blog/2009/09/post-3774.html

この時にこの遺構を見たいがために図々しくも 「防大職員とお友達にならないと。。。 だれか団長を招待しても良いという方、連絡ください!」 と書いたのです。


その後、この遺構の正体が判明し、探照燈(サーチライト)跡だった、ということを取り上げました。

・伊勢山崎は灯台だった?(2009年10月1日)

http://miura-and-others.cocolog-nifty.com/blog/2009/10/post-153a.html


今回お話を伺ったところ、この当時の防大の内部資料ではここを「砲台跡」と記していたとのことで、中塚さまが私のブログをご覧になって、どっちが正しいのかを調査された結果、団長が正しいとの結論に達し内部資料を修正されたとのこと! そんなこともあってお礼もかねて団長を是非ご招待となったらしいのですが、その後団長はカリフォルニアへ。 2か月前にようやく三浦半島へ帰って来たことで今回のオフィシャル探検が実現した、という経緯なんです。

いや~、パトロールは続けるもんですな~。




さて土曜の正午に訓練場で中塚さまと待ち合わせ、いよいよ探検開始です。 今回は団長だけではもったいないので、三浦半島デジカメ便りのShuさん、野毛パトロール主任のKKYさんも参加。 いきなり施設内の歴史的な物件や防空壕を見学させていただきテンションMaxな団長一行なのでした。 あまりに見どころが多かったので何度かに分けてアップしないといけませんが、まずはこの探検のきっかけとなった探照燈をアップしておきます。





Photo_4

でーん! 長年求め続けてきた探照燈がついに目の前に!! うぉ~っ!

しかーしこれまでの外部からの調査のみで思っていたことと、だいぶ違っていたことが判明しました。 

・この小屋は山の尾根の端に建っていると思ってましたが、この通り独立した岩山だったのですね~。

・この岩山の小屋のみしかないのかと思ったら、他にもいくつかあるんですね~。






4

少し右にパンした写真です。 小屋だけでなく全部で4つの施設から構成されていたことが判明しました。 左から

・見張小屋だったと思われる遺構。 これのみは訓練場外部からも見ることができます。

・給電施設だったと思われる建屋。

・探照燈跡 その1

・探照燈跡 その2 (この写真でははっきり写ってない)


ではその一つ一つを見て行きましょう。





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まずは見張小屋。 

残念ながら草ぼうぼうと言うだけでなく、古いコンクリートの階段や手摺が腐食していること、小屋自体も危険な状態とのことでここから眺めるだけ。 でも追い求めて6年。 目の前に現れた見張小屋ちゃんは愛らしかったな~。





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給電設備です。 おそらく戦時中はここで発電して2機の探照燈に給電していたのだろうとのこと。





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隙間から内部をのぞくことができましたが、残念ながら当時の様子がわかる様なものはありません。





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次に探照燈1です。 こちらはレンガ積みでイギリス積みとなっていました。 

おそらくここが入口で送電線もここ経由で敷設されていたのではないかと思います。





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探照燈1の内部。 これもイギリス積みの煉瓦構造ですね。 

上部は丸いコンクリ構造となっていますが、残念ながらそこに上がることはできませんでした。





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こちらが探照燈2。 なんと隣の探照燈1と違ってコンクリート製の土台となっていました! 

ということは1と2で建造された時代が違うってことですよね。 コンクリの方が新しいのでしょうから、第2次世界大戦に備えて、あるいは戦時中に追加されたものなのかもしれません。

こちらは入り口から先は土砂等で埋まっていて中に入ることはできませんでした。 しかーしその代りこちらは上に登ることができるんですよ。





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これが探照燈2の上部。 真ん中の穴に送電線を通しその上に回転式のサーチライトがあったのかなあ。

この丸い構造、ぱっと見砲台跡かと思ってしまいますね。 それで内部資料にはそう書かれてあったのかもしれませんが、団長の記事、および砲台に付き物の弾薬庫が見当たらない、ベテラン幹部がここにいらっしゃった時に「これは砲台の構造ではない」との指摘などで探照燈であったと結論付けられたとのこと。







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それにしも絶景だ~。

毎年春には草を刈り、4月の防大短艇競技(カッターレース)の時には学校長がここに座られてレースを見学されるのだそうです。 そんな話を伺い、団長一行も偉くなった気分で走水の海を見続けました。


その2に続く。。。。





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コメント

Shuさん、ども!
いや~、楽しかったですね。それにしてもShuさんの写真はいつもながらに素晴らしいです!

ue-chanさん、あず茶トムさん、にゃんきちさん、 どーもどーも!


ue-chanさん、
そうなんですよ、公開してほしいですよね。 でも現在使用中の施設なので簡単では無さそうです。 今後本校編では皆さんが見たがっているアレが出てきますよ~!


あず茶トムさん、
最低でもその4までは書けるネタがありますのでお楽しみに!


にゃんきちさん、
愛ですか。(笑)

団長のパトロール愛が滲み出ています。
良い記事ですw

どうも団長殿、長年の夢が叶う事が出来ておめでとうございます。「その2」楽しみにしておりますぞ!

いや~~ うらやましい探検でしたね
戦跡好きの人には たまらんですね
猿島や観音崎のように歴史遺産として
整備して 公開して欲しいですねエ
まだまだ秘密の遺跡ありそうですね

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