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2009年10月 5日 (月)

2004年に何が起きたのか? あべとんから芦名へ、OHさんのドキュメント写真

芦名の産廃処分場(かながわ環境整備センター)について、着工前の緑豊かだったとき(1999年)、及び現在の姿を探偵団で取り上げましたが、それだけを表面的に取り上げるだけではなく、これがどの様にしてできたのかを残しておくべきだと思いました。 

残念ながら団長は、ここが工事に入って大々的に谷が削られた時期に一度半島を離れてしまった訳ですが、海の向こうの様子が気になっていた2004年にOHさんから連絡を頂き、なんと視察レポートまで送って頂いたのでした。 

大変貴重な写真ですし、丁度 ue-chan さんからここの調査依頼も頂いて良い機会ですので、OHさんに許可をいただき、当時の写真をアップしたいと思います。

以下全て、2004年2月当時にOHさんが撮影された写真です。



Image048

まずは現場へのアプローチですが、OHさんは最初、99年の団長と同じく芦名側から向かわれたとのことですが、残念ながら工事用バリケードに行く手をふさがれ退散されたとのこと。 後日こちら大楠隧道側から行かれて現場に入られたのだそうです。



Image054

大楠隧道を出るとこんな状況で、もはや以前の緑や清流が跡形もなく消え去ってしまっていたそうです。 当時米の国に暮らし、半島に帰りたくても帰れない状況にあった団長にとって、この写真は衝撃的でした。 




Image056

この写真の右上にあった細い道を初代流星号で怖々とあべとんに向かった団長の思い出が。。。。



Image060

更に芦名側に降りて行くと、OHさんは多量に打ち込まれたH鋼に遭遇し、茫然とされたとのことでした。 確か道を一本造るだけだったハズなのに、最初この意味がよくわからなかったそうです。



Image062

この谷を流れていた清流、松越川は、この黒いチューブの下、完全に地下に移されてしまっていたそうで、なんとも風情がありません。



Image074

更に下るとついには処分場本体となる部分の登場です。 深い谷に細い清流、そんな姿はもう望むべくもありません。



Image092

こんな派手な仮設道路を造ってしまうものだから、谷の木々が随分と上まで切り取られてしまってました。

おそらく産廃で谷が埋まってしまったら、この鉄骨もそのまま埋まってしまうのだろうというOHさんのレポートが強烈でした。




Image094

谷底に小さく見えるクレーンが、この工事の大規模さを現しています。 こんな高いところまで登られたOHさん、さぞかし怖かったことでしょう。



Image096

鉄骨の下にあった、かつてのハイキングコースの柵。  なんとも空しさを覚える写真です。



Image098

当時OHさんが使用されていたGPSの表示を見ても、かつての川の上にいることがわかります。

これを見ながらOHさんは、「(川の)左の道はハイキングコースですが、今は鉄骨が突き刺さっています。」 と冷静にレポートされてました。 それが逆にもう取り返しのつかない大変なことになってしまったことを伝えてくれました。 

当時はこの付近にオオタカが生息していたようです。 その後どうなったのでしょうか? 

全てが完成した今、新しい道路を何気なく通って人が多いと思いますが、2004年当時はこんな事が行われていたことを一人でも多くの人に知ってもらいたくて、OHさんの写真を紹介させて頂きました。 OHさん、どうもありがとうございます! また全ての写真を紹介しきれず、すいません。



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コメント

mixi ですか。 招待状は頂いているのですが、未だに腰が重くて。。。(笑)
でもそういう面白そうな情報があるのであれば、遅まきながらデビューしてみようかなぁ。

mixiには稚拙なモノを公開していますが…。

旧トンネルを拡幅して大楠隧道を作ったはずです。
北海道まで行かれるほどのトンネルマイブームが到来しているのであれば、是非是非20年前の記憶を蘇らせてください!(笑)

ところでいかさとさんの地元・鎌倉にも怪しげなトンネルがいくつかありますが、北海道の廃トンネルと併せてどこか(ウェブサイトやブログ)で紹介して頂けると嬉しいです。 団長も大変興味有ります。 

>団長さま
大楠隧道は99年完成でしたか。
すると旧トンネルはどこにあったのでしょうか。もしかして旧トンネルを拡幅して今の大楠隧道ができたとか?
現在ワタシの中で空前のトンネルブームが到来しており先日の連休もわざわざ北海道の廃線の廃トンネルを観賞してきたくらいでして、記憶してないというのは全くもって残念です。

いかさとさん、
モンキーで行かれたのですか。 小型バイクは凸凹道に弱いと思いますので結構大変だったでしょう。
20年前ということは、現在の大楠隧道(1999年完成)ではなく、旧あべとんを通られたのではないでしょうか? だとすると、記憶がないというのは大変もったいないです!(笑) ネットで探しても当時の写真はほんの少ししか出てきません。 

なんでも探偵団を知るきっかけともなった物件ですので非常に興味深く拝見しました。
20年ほど前原付(モンキーR)にてここのハイキングコースを通って阿部倉側へ抜けた記憶がありますがトンネルをくぐった記憶が全くありません。
トンネルの完成年からすると通っていたはずなんですけどね。
横横道の下をくぐったのはよく憶えています。
処分場が完成してから大型トラックの通行が「可」となり毎日トラックで通っています。
しかし昔原付で通った記憶とは違和感がありました。
現在の道路がこんなに高い位置を走っていたとはビックリです。
OHさんのレポートで全てつながりました。ありがとうございました。

そうか、あのチューブは成長するんですね。 もしあの中に有害物質でも落ちようものなら、下流で待ちかまえている環境団体が騒ぎ出すでしょうから。
そういえば上流は埋まってしまいましたが、下流はどうなっているんでしょう? 探しに行かなきゃ。

現在、車で通ることができる暫定道路が鉄骨で組まれた高架だということがよくわかるかと思います。
暗渠?になった松越川がどうなっていくのか気になりますね。最終的にはあのチューブが暫定道路の高さまでなるのでしょうか?
だとしたら作業員はマンホールの蓋を開けて延々と降りていくことになりますね。

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